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シチリア島旅行 - ラグーザ2泊目その2 イブラ地区の夕暮れ再び、と素敵なディナー

さて、シェスタ後、昨日に引き続きイブラ地区の夕暮れ2回目の鑑賞。
今度はさっき見つけた地点からウットリと眺める。あらためて、3年越しに憧れるだけの魅力のある街だなぁと溜息。仏語で、夕方とも夜ともつかない刻を「犬とオオカミの間」というが、暮れ始めて薄ピンクになるイブラ地区はまさにそれ。昨日同様、暮れ始めたら釣瓶落としのように真っ暗になる。
その間、微妙な移ろいを集中して味わう。
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まだうっすらと見える青い丸屋根のサンタ・マリア・デッリトリア教会
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そして真っ暗闇に。
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その後、ラグーザ最後の夜だし(つっても2泊なんだけど)良い感じのお店を探してディナーに。
素敵なワインバーがあったので入ってみる。とてもセンスの良い店内、綺麗で控えめなお姉さんの給仕がナイス。パレルモで売り切れだったイカのフライ、牛すじのトマト煮込みリングイネ、そしてなんと白トリュフのリングイネがあるというので注文。わずか20ユーロ!もしかしたら廉価版なのかもしれないけど、初めて味わう白トリュフの繊細さにカンゲキ。あ〜ちすとは更にサヨリ(?)のオレンジソースを。なんとも言えない繊細な料理。あ〜ちすともご満悦。
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デザートは入らん!と思ったけどリコッタチーズのドルチェがあるというので別腹でオーダー。軽くて美味しい。腹ごなしに、ラ夜のお散歩。尚、この清潔な街で、夜になると生ゴミ(?)袋が窓から吊るされたり通りの角に置かれたりしてる。これは市がゴミを個別に集取してくれるシステムなんじゃろか…と不思議。
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ともかくも、3年ごしの恋が実って大満足でホテルに帰る。何度見ても飽きない美しさ。又来て今度は青屋根のサンタ・マリア・デッリトリア教会の中に入ってみよう。



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# by j-suguita | 2016-04-28 22:19 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(0)

シチリア島旅行 - ラグーザ2泊目その1 イブラ地区散策

ここのホテル、朝食もポイント高っ!!もっともこの朝食の写真もこのホテル選択した理由のひとつ。マンマの手料理というより、繊細でお洒落なレストラン風のお味。地元特産のチーズも
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a0060003_21590171.jpg素敵な空間の朝食ルーム


ラグーザ2泊目は、イブラ地区をゆっくり散策。有名な300段の階段を絶景を楽しみながらゆっくり下っていく。途中でサンタ・マリア・デリタッリア教会の青い屋根が見える。これは本当に小さな教会だけど陶器の青い丸屋根に心惹かれる。
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下りきったところがイブラ地区のレピュブリカ広場。観光客でにぎわっている。
今度は登り坂、そしてまた下る。気持ちの良い斜面の大広場を通って端の公園まで。
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公園前の広場でアランチーノのランチ。ここのはサフランライスにミートソースが入っているというお洒落バージョン。
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a0060003_21575932.jpgランチ後あ〜ちすととは別行動。元の道を戻って登って行く。イタリア名物、ダンディーなじいさん。


イブラ地区のてっぺんの四角い建物が何か気になって仕方ないので、観光の道程を逸れて近くまで行ってみると、大学であった。スッキリした気分になり、また元の道へ向かう。
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そういいや、スーペリオーレからのイブラ景色は定番だが、イブラから見るスーペリオーレってあまりないよなー、と記念撮影。
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このちょっとだけメインからそれたお散歩、かなり楽しかった。しかし、ラグーザは当初一泊の予定だったけど、パレルモを4泊から3泊に減らし、その分ここを2泊にして本当に良かった…としみじみ思う。
とりあえず見たいところは見たとはいえ、この後またバスで移動…と、また一泊…では全然心の余裕が違う。
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今度はさっき下った300段の階段を登るわけだけど、バカンス中だから時間はあるし、途中で写真を撮ったり、小型ながら青い陶器の丸屋根が印象的なサンタ・マリア・デリタッリア教会を間近で見る為に一旦車道に出たり、そしたら仏人グループに団体の写真撮影を頼まれたり…などしてダラダラと登ったので、楽勝とは言えないまでもそうキツくはなかった。
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a0060003_05460929.jpg洗濯物の向こうに見るイブラ地区も一興


そして途中にイブラ地区をもっと間近に見られるポイントがあるのに気づく。観光の本だとサンタ・マリア・デッレスカーレ教会越しに眺める写真が多いので、それが王道かと思ったら、モアベターな地点を発見。今晩はここっきゃないぜ!と決めてホテルで小休止。
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# by j-suguita | 2016-04-28 22:07 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(0)

シチリア島旅行 - パレルモからラグーザへASTのバスで移動

シチリア島4日目、この日は最も緊張の日。
なぜなら、パレルモから4時間かけてバスでラグーザに移動し、そしてそのバスは街外れに着くという。。

パレルモからラグーザへの行き方は出発前に検索しまっくた。
バス停はパレルモ駅の正面ロータリーではなく、向かって左のVia Paolo Balsamo通りらしいので、前日にチェック。
この通りは同じASTの市内バスや他のバス会社の乗り場もあるので、最初別のバス会社のカウンターに行ってしまい「お隣のタバッキですよ」と教えてもらう。タバッキで前日に乗車券を買いたかったが、当日じゃないとダメということで少し早めに出発。クレカは不可。
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すでに6人組の若い男の子のグループが(団体スポーツをやってると思わしき)チケットを売ってるタバッキのテラスでバスを待っていた。シチリアのイケメン指数の高さ、ハンパない。 暗褐色の髪なのに瞳が淡いブルーや緑だったりするのは、この地はアラブ人、ギリシャ人、北欧人に支配された歴史から様々な人種が交差したかららしい。6人中2人が超イケメン、2人がイケメン、1人もまずまず、もう1人はデブちゃんだった。1人はいじられキャラみたいで、シチリアには珍しい明るい栗色の髪のイケメンなんだけど、折角良い席に座ったのに他の兄貴にどかされたり、運転手に質問に行かされたり、と面白い青春群像を見たww

荷物を預けるのが不安なので、スーツケースを持って搭乗しようとしたところ、運転手さんからダメ出しが。仕方ないので車体の下部に収納。4時間の移動、退屈じゃろなーと思ってたけど、とんでもない、美しいシチリアの景色で少しも飽きなかった。
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どこまでも続くオレンジ畑
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心配していたトイレは、中間地点のガソリンスタンドで15分ほどの休憩時間があり、行くことができた。しかし、当然、長距離バスの客以外のお客もいるので、女子トイレは結構並ぶ。すると、運転手がクラクションを…。イタリア人女性客が「ちょっとちょっと、モメント!もう少し待ってくださいよ!」と叫んでくれる。頼もしい。

どんどん標高が高くなってきて、コーフン。そして、素敵な車窓からの眺めのおかげで、4時間が早く過ぎZAMA通りにあるラグーザの停車場に到着。
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ここは町外れの停留所、 不安に思って出発前に検索したら街中心部までの行き方が 
yanpiiさんのブログに写真付きで解説されていたので、あらかじめ様子がわかっていたので助かった。yanpiiさんに感謝!

地球の歩き方にはイブラ地区には11番のバスと出ていて、ちょうど11番のバスが止まっているんだけど、私たちのホテルはスーペリオーレ地区、どうしたもんか…と迷っている間に行ってしまった。案内所はあるけど、2つの窓口は固く締まっている…。で、別のバスが来たので英語を話すおばちゃん運転手さんに聞いたところこの35番のバスで良い、チケットは広場の裏にあたる通りに面したタバッキで買って、と。運転手さんが親切に「降りるときは教えてあげるから」と言ってくれたので、安心して車内に。後から気がついたら、yanpiiさんが別のエントリーでラグーザのバスの路線、右回り、左回りの違いなど詳細な解説してくれていたではないか。
でもまー、多少迷うのも旅の楽しさ、ってことで!

ラグーザは、イブラとスーペリオーレの二つの丘が谷間に浮かぶ陸の浮島。17世紀の大地震で一度壊滅、バロック様式で再建された街。ここに入るには3本ある橋のどれかを渡る。バスがこの橋を渡った瞬間はまさに感慨無量…
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ラグーザは国鉄の駅はあるが本数が少なく、おまけに早朝と夜遅くの便で行きにくい街なんだけど、旅行の準備で調べてる時にこの街の写真を見て一目惚れ。ここの訪問はマストだった。ホテルもいろいろ調べて、イブラ地区に近いスーペリオーレ側に。

すごく綺麗で可愛いホテル。
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窓からはモロにイブラ地区が…
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荷物を置いて早速散策。パレルモの混沌と対照的、綺麗に清潔にまとまってる。道を聞いたりすると人々がみな穏やかで親切。
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そして!有名な夕暮れのイブラ地区を見られるサンタ・マリア・デレ・スッカーレ教会へ。("階段の聖母教会"!)
まさに3年間夢見ていたアングル。夜はここでピクニックだぁと決定。
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その後インフォメーションで地図をもらったり、スーパーで惣菜を買ったりした。尚、スーパーは結構大きいのに間口が狭く、街角で若者達に道を聞いたのに迷ってたら、また同じ二人組にバッタリ。すると店先まで案内してくれるではないか。ここの街って全体的にテンションが低く、人々は親切で控えめで静かな笑顔、パレルモのような「ウェ〜い!」みたいなノリや、今まで行ったイタリアの街とは全然ノリが違う。県庁所在地で裕福な街なのだろうが、なんだか日本にいるみたいな気分に。

南欧らしい街角のマリア様。
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目的の時間になったので、観察地点にゴー。美しい…10分ごとに表情を変える暮れゆくイブラ地区。 秋の日は釣瓶落としというけれど、ラグーザの春も釣瓶落とし。まだ明るい空、ほんのりピンクになったかと思うといつの間にか真っ暗に。長年の夢を果たして、余韻でうっとりしながらホテルに戻ったのであった。
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# by j-suguita | 2016-04-28 21:30 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(2)

シチリア島旅行 - 帰りの電車が不通で焦った!! パレルモ最後の夜

バスは順調に走り、15:00に駅に到着、ホームで私たちと同じ15:14発パレルモ行きを待っている人々もちらほら。
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そろそろ電車来るかなーと思っていたら、なかなか着かない。
「まーここはイタリア、数分の遅れで目くじら立てちゃいけないぜ!」と思っていたら…
なんだかイタリア語で放送が。
呆然と立っていたら、駅員さんがスマホの翻訳機で英語で「パレルモで飛行機との連絡の関係で遅れます。どのくらいの遅れは未定です」と見せてくれる。まさかこのまま夜まで不通…ってことないよね…とすごく不安な心を抱えながら駅で待っていたら、一時間ほどして臨時の代行バスが出ますよ、と乗客の一人が教えてくれる。

全員が駅前広場に誘導されたが、広場に行くも、そのバスがいつ来るかもわからん。。が、退屈したあ〜ちすとがトイレに行ったのと入れ違いに大型バスがやってきて国鉄の人が手招きするではないか!

何の経過報告もなく、漫然と待たせ、いざ決まると早く早く!と言われる。。。
大急ぎで辞書を開き「ミオ・マリータ・トイレット・アテンデーレ・ペルフォボーレ!!」と叫ぶ。
「旦那さんに電話出来ませんか?」などとせっつかれる…
「おめーら、事前にバスの発車時間くらい言えよぉぉぉぉ!」と言いたいが、単語の羅列でそこまで複雑な事は言えず。

やっと構内から出てきたあ〜ちすとに「早ぐぅぅぅーーーーー!!!」と叫んで走ってもらい、無事に乗車。このままパレルモに行くのかと思いや、途中の駅で全員降ろされ、そこからパレルモ行きの列車に無事乗車。まー本来なら見られなかった景色を見られて得した…。
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ちなみに、ワテ達と逆にパレルモ方面からこの駅で降ろされ、スーツケースを抱えて憮然としている方々が多数いた。彼らは全員バスに乗れたのであろうか…。人の心配どころではないのだが。いんや〜〜その場では焦ったが、今にして思うとイタリアらしい、面白い経験した。

パレルモの名所、夜の四つ辻を見て「あ〜ホームに無事帰ってきたなぁ…」という気持ちに。
たった3泊の滞在で明日は発つ身なのにww
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a0060003_2552399.jpgパレルモ最後の夜なので、初日に見たバッラロ市場の中の海産物のレストランに行くも、夜は営業していなくて残念。
界隈をブラブラしてたらスナック屋さんがあったのでそこでポテトのアランチーノとミルザ(牛の肺、その他のモツのサンドイッチ)を。ポテトのアランチーノ、美味しい!クロッケというので日本のコロッケはこれが源泉ではなかろうか。ミルザはサンドイッチで食べるのは重すぎ。肉だけビールのつまみに食べるのが日本人には合ってると思う。

その後、別の食品市場を再度散策。すると、今まで気がつかなかったが、煙がモクモク上がってる焼肉屋さんが!もうお腹いっぱいで食べられないが、次回は是非挑戦したい。
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そしてさらに歩くとB&Bの裏あたりに、すごい繁盛してる店が! Ferro di Cavalloさん。
これだけ流行ってるんだから安くて美味しいのだろう。次回のため、メモメモ。

パレルモ最後の夜の散歩。
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しかし、この夜ほど湯船で身体を休めたい…と思った日はない。今回、4軒の宿全てシャワーのみ。イタリアのホテル、特にB&Bはバスタブなしがデフォルトみたい。

初めてのパレルモ、思ってたよりずっと治安が良い印象。少なくともローマ、ナポリよりはマシし。パリより良いかも。マラドーナ教会も見られなかったし、煙モクモクの焼肉屋さん、Ferro di Cavalloで食べなかったのが心残りなので、 ハイシーズンじゃない時に、お天気を確かめた上で又来たい。
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# by j-suguita | 2016-04-28 03:00 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(0)

シチリア島旅行 - アグリジェント日帰り探訪

この日は、ギリシャ神殿のあるアグリジェントに電車で。
当初はアグリジェントに一泊…と思っていたが、一昨年シチリア周遊旅行をしたDちゃんが、パレルモから電車で2時間、1-2時間に一本出てるよ!と情報をくれる。なので、日帰りで行く事に。珍しい動植物がありそうで、あ〜ちすとも朝からソワソワ。

切符を機械で自分で改札し8:40の電車に乗る。
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すると、いきなり内陸に入るのではなく、まず海側を走るではないか!!地中海の海を車窓からたっぷり堪能。
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途中から内陸に入り
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しばらく走ると今度は南側に海が見えてくる。
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駅広場から左に折れた大きな広場の左手のインフォメーションで2番のバスに乗るよう説明され、インフォメの向かいの切符売り場でチケット購入。奥の映画館の裏にバス乗り場が。今回あらためて思ったが、イタリアのバス停、旅行案内所、チケット売り場は地下、建物の裏、広場の反対側…と、周到に隠されている…ww。なんで、ありそうな場所を広い視野でグルっと見渡すのが必要じゃなww
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すると…このバス、始発の映画館裏を出発すると次に駅前広場で止まるではないか。チケットは社内でも買えるし、わざわざ来ることなかったが、ま、慣れない土地なので、確実性をとった…ってことで良いか。

10分ほどで、向こうの高い丘に神殿が見えてウォー!という感じ。神殿が見えてからは5分ほどで到着。あ〜ちすとは徒歩で行きたかったようだが、歩けない距離ではないけど、かなりの高低差でしかも歩道の狭いコンクリートの車道。バスに乗って良かった。

この日は快晴、団体が多く結構並んでチケット購入、まず最初のジュノーネ・ラチニア神殿に。
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神殿も素晴らしいんだけど、何せ高台、周りの草原と海の景色が心を洗われるようなのどかさ、美しさ。
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その後長い(実際は10分ほどなんだけど、何しろ木陰も少ない上に4月とは思えない灼熱。。途中でカフェがあった)道を通る。
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最も重要なコンコルディア神殿を訪れる。
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a0060003_2452666.jpgここで神殿を鑑賞しながらピクニック、という贅沢を。さすが地中海気候、暑い日でも木陰で20分も座っていると体が涼しくなってくる。プチトマトを食べながら、野菜・果物ってビタミンだけで無く水分補給の役目もあるんだな、と気づく。あ、向こうのドイツ人一家は桃食べてる!暑い日に潤してくれそう。


少し離れると、先ほど見たジュノーネ・ラチニア神殿がコンコルディア神殿の奥に見えるではないか。神殿の谷全ての構成を考慮してデザインされたんだなーと感心。
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さらに進んで柱群となったエルコレ神殿に。これが一番好きかも。
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オリンピック競技場後。
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人型の柱が特徴。この後、さらに進むと別の神殿があるんだけど…
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何しろ灼熱の中、すっかり疲れたのでこれは遠くから拝見という事にして神殿の谷を出る。出口のすぐ左に、さっきとは反対方向の駅に向かう2番線のバス停留所があり、幸いにも5分くらいで来た。
これなら15:14の電車に間に合う!すると、マルナーラ教会も見られるかも!(開館日が週4日半日のみ、それも日によって午後だったり午前だったりで訪問しづらい)イタリアにしては超順調な行程じゃん!…と思っていたワテが甘かったことはその30分後にわかるのだった…
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# by j-suguita | 2016-04-28 02:51 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(0)

シチリア島旅行 - パレルモ2日目 モンレアーレへ

本日はモンレアーレに。地球の歩き方を見てもGuide du retardを見ても行くのは簡単そう。
実際、駅前のロータリーとローマ通りとの角にMonrealeと表示されたバスが止まっていたので、それでゴー。どんどん高台になり景色が良くなっていく。
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着いたー。素晴らしいお堂が向こうに見える。
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入場すると…
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やはり来て良かった。昨日のパラティーナ礼拝堂よりずっと深みのある作品群。

楽園を追放されるアダムとイブ。「え”、マジ?俺も?イブの口車に乗せられただけなんだけど!」みたいな顔してて親しみを感じる。
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ノアの箱船。
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昨日がっかりだったので、ここもパラティーナ礼拝堂同様ラヴェンナよりも新しい11世紀の建立…ということで、あまり期待していなかったが、嬉しい驚き。ゆっくり、たっぷり鑑賞し、その後は裏の回廊を。
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なんとも言えない静寂の漂う空間。柱の彫刻は何気に不思議で可愛い。
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その後展望台から海の景色を鑑賞。本当に小さな街だけど、小径が可愛くてお散歩が楽しい。
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そして、広場の道を進んで行くと、WOW ! 向こうに地中海が広がっているではないか!!
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「やっぱイタリア旅行はシチリア島に来て完成だな…」と、北イタリア全然行ったことのないワテが思わずつぶやく。

ゆっくり散歩して、バスでパレルモ市内に戻る。バス停に行く途中で可愛いラブラドルがいたので写真撮っていたら、飼い主のお兄ちゃんが「あ、モメント!こいつ、色々できるんですよ!」と握手やハイタッチをさせて見せてくれる。激写して、お礼を言って乗車。いやーーしかし、パレルモの人ってノリが良い!
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パッと行って教会だけ見て帰って来るつもりがモンレアーレの街が可愛いので、結局午後半ばまで滞在。 一泊しても良いくらいだった。その分パレルモ見学はパスになったが仕方ない。

夜はヨットハーバー側をお散歩。綺麗にまとまり過ぎで面白みはないけど、リッチな方々の生息地だから当然か。
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その後「地球の歩き方」に出ていた港に近い軽食屋ニ・フランコさんでパネーレ(ひよこ豆の揚げたもの)とアランチーノ(ライスコロッケ)、ナスの唐揚げとカジキマグロのステーキを。安くて美味しい!あ〜ちすともご満悦。
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デザートはホテルの前のCafe Latninoさんでシチリア名物のカンノーロを。
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# by j-suguita | 2016-04-28 02:42 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(0)

シチリア島旅行 - 出発 パレルモ空港に到着

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2011年のベニス > ラベンナ > フィレンツェ(ピエンツァ)、2013年のローマ > ナポリ旅行についで、イタリア旅行トリロジー完結編、シチリア島旅行に行ってきた。行きはeasyJetでパレルモ空港に着き、パレルモ泊中に日帰りでモンレアーレ、アグリジェント観光、その後ラグーザ > シラクーサ > タオルミーナと周遊し、帰りはカタニア空港からTransavia、という行程。

出発前、いつものワクワクと同時に心配でドキドキな面も。4都市を回るのは初めてな上、シチリア島は鉄道が発達していないので多くがバス移動になる。で、イタリアって交通網がとてもわかり難く情報収集も難しいところ。特にラグーザの街は行きにくいらしい。でも、この街の写真には一目惚れして是非実際訪れたい…と思い続けていたので、プランから外すことはありえん。実際に旅行した方々にお話を聞いたり、ネットで情報収集する。

そして、ついに出発の日が!
朝7:40発という夜更かしな私にはツラい時間だが、ご近所のMさんが車で連れてってあげるよ、と言ってくれたのでご好意に甘えることに。

easyJetはLCC(ローコストキャリア)の一つで、確かローマに2泊旅行行った時もこれだった。 機内持ち込み荷物は一つ+アクセサリー的なポシェットのみ。この旅行のために買ったハイキング用のリュックサック、しっかりした作りなので折畳めなくて、スーツケースに入らなかった。でも空のリュックサックぐらい大丈夫だろう、と楽観して荷造りを終える。

仏人には珍しく几帳面なMさんが時間通りに来てくれて、無事オルリー空港へ。
で easyJet の受付では、たとえ空のリュックサックでも荷物2つとカウントされるので、不可だというではないか…同じLCCのVuelingは結構ゆるくて、スーツケース+大きめのショルダーや中サイズのリュックの人もいたけど、まー会社によって基準が違うから仕方がない。
Mさんはリュック置いていきなよ、預かっててあげるよ、と言ってくれたが、何しろ今回のために吟味して買ったハイキング用リュック。ここは29ユーロ払って、預け荷物にするか…と思ったが、空港公団に勤めるMさんがナイスアイデアを。
「じゃ、あ〜ちすとの余裕のあるリュックの上にかぶせちゃえば良いんだよ!」と。
2つのリュックを2wayバッグのように亀の子状に抱き合わせて無事ゲートを通過!

Mさんに感謝しつつシートに座り、飛行機は無事離陸。

早朝のパリ地方。
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3時間ほどで、シチリア島が見えてきた!青空のもと、すごい断崖。
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わーいわーい。

空港バスで、パレルモ国鉄駅に向かう。絶景…
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a0060003_1442458.jpg無事に駅について、徒歩10分ほどの予約した Cassaro261 B&B さんに。

すんごい感じ良い英語ペラペラの経営者(おそらく)と、淡々と実直に職務をこなすアントニオさんが働いていて、なんだかそれだけで初めてのパレルモも安心な気分に。更に建物の管理人のおっちゃんがすごい陽気で親切でノリが良い!お部屋は新しくて広々。台所も広く大きな冷蔵庫が。
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おまけに目の前のCafe Latinoさんは安くて美味しく、シチリアでは珍しくクレカが使用可。
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初めてのパレルモ、観光ガイドを頼りにまずパラティーナ礼拝堂を目指す。
礼拝堂に到着、入場料がノルマン王宮と抱き合わせになっていて、12ユーロ。高っ!!!!宮殿の階段を登り礼拝堂へ。
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う〜ん。。
モザイク大ファンの私で、もともとイタリアにはまったのもラヴェンナのモザイク教会を訪れた事から始まったんだけど…
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ここのは完成度、保存度から言えばラヴェンナ以上なのだろうが、何か心に深く打つようなものが感じられない(個人の感想)。金の細工は見事なのでしばらく鑑賞。このお高い入場料、少しでも元を取るために宮殿の方も見学。 シチリア地方議会に使われているのでパネルやマイクが置いてあって、ミスマッチが面白い。で、奥に進むと…
何とモザイクの部屋があるではないか。ここは 『ルッジェーロ王の間』という部屋だそう。孔雀やライオン、エキゾチックなモチーフが不思議で楽しい雰囲気を醸し出し、個性的な空間になっている。やはり来て良かった!
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その後、丸屋根が印象的なエレミティ教会横を通って
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バッラロの食品市場をプラプラ。やはり港町だけあってナポリに近い雰囲気。
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a0060003_148954.jpgホテルの反対側にも別の食品市場ヴッチリアがあるそうなので、ここもブラブラしてたら、なんか東洋人のエラい美人さんがいる?日本のTVのルポルタージュの撮影のようだった。

初日で疲れてたので、ここでチーズ、サラミ、パンとお菓子を買って、ホテルでシチリアの赤ワインで楽しむ。シチリアのワイン美味しい!すごく強い味なのでキッチンにあった大型ワイングラスでいただくとちょうど良かった。
さて、明日は念願のモンレアーレのモザイクの教会訪問を。


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# by j-suguita | 2016-04-28 01:52 | イタリア旅行 2016 シチリア島編 | Comments(0)

ついでに駆け足ロンドン観光記

1つ前のブログに書いたけど、The Who ロンドンライブは大充実、大興奮であった。
その分ロンドン観光の方は、ライブが一番の目的だし、安いチケットなので1日半しかないしで、サラッと1〜2ヶ所だけ訪れる事にしていた。

とはいえ、大好きだけどそうそう気軽には行けないロンドン、パスポート・コントロール(色々な事件の後なので厳しかった)を終えてピカピカのユーロスターに乗ったらすっかり旅行気分でウキウキ!あ〜ちすともご満悦。 
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ハロー、久しぶりの英国〜
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セント・パンクラス駅に着き、Day Travelcardを販売機で購入、チューブへ!この狭い感じ、独特だなーと異国情緒に浸る。居候のお願いに快諾してくれたGさん宅に向かう。
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荷物を降ろさせていただき、ロンドン在住の長いGさんに、ロジャーの出身地であるシェファーズ・バッシュを案内していただいた。食品、テキスタイルなどのマーケットがあって、確かに庶民的な界隈。マーケットはモスリムの人が多く、フランスでは禁止されている顔を隠すベールを見ると、ちょっとドッキリ。昔のトム ロビンソン バンドを思わせるポスターが貼ってあったので、何かの運動かと思ったらTV番組の広告だった。
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a0060003_05483057.jpgその後、ランチ。連れて行っていただいた和食屋さんは、パリの和食屋さんとは比較にならない品数の多さ!選ぶのに時間がかかってしまった。お寿司が単品でも選べる上、日本のお惣菜が数えきれないほどある。パリにもこんな和食屋さんがあったら嬉しいな。

a0060003_05492190.jpgその後、大好きなデパート、ピータージョーンズのティーサロンでアフタヌーンティーを。キャロットケーキがめっちゃ可愛い。「Milk Tea please」と言ったら通じなかった…こちらではミルクがついてくるのは当たり前なので、Tea pleaseで(darjeeling、earl grey、ceylonなど種類を明示して)十分だそう。

そして、日頃の行いの良い私とGさんのこと、サロンは土曜で大混雑だったが、運良く窓際に座っていた老年の紳士が「ここ空きますからどうぞ」と。ロンドンの街を一望する絶景を楽しみながら、午後ティーを楽しむ。
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a0060003_05501282.jpgそして、ライブ会場の最寄駅、Wembley Park駅であ〜ちすとと合流。ライブ前の腹ごしらえにカレー屋さんに。




素晴らしき熱狂のライブはこちらにレポート >>

ライブの後、スーパーでミネラルウォーターを。見たことのない銘柄のビールがあったりして、外国のスーパーっていつも楽しい。
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翌日は快晴!
Gさん宅でイングリッシュブレックファーストをご馳走になる。ベーコンやソーセージだけではなく炒めたトマト、マッシュルームも定番なんですね。朝からしっかり食べさせていただき、ご馳走様でした。

今回はいつものように走り回ってあちこち訪れず、一箇所でまったりしよう…という当初の計画も、駅に向かって歩いているうちに
「大好きなリトルベニスはマスト!そしてロンドンまで来てテームズ川見ないのはもってのほか!あ、ピカデリーサーカスも!」
という思うがムクムクと湧き上がり、結局走ってチューブに飛び乗り。乗り換え駅のパディントン駅は、ワテが初めてロンドンに来た時(当時は夜間バス+フェリーだった)泊まったB&Bはこの界隈だった…とウルウル、センチメンタルジャーニーな感傷が湧き上がり、ちょっとストップ・オーバー。てか、どっちにしてもここの駅の乗り換えは一旦外に出て国鉄構内を通るのであった。

…で…国鉄の列車を見ているうちに…無性に、どれでも良いから、汽車に飛び乗りたくなった!!
もちろん、無理なんだけどねww しかし、次回は英国国鉄の旅も良いかも〜などと。
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a0060003_05461188.jpg1987年にはここに、汚れた食卓の写真(注射器や血痕のある、麻薬中毒患者の家という設定)の上に「あなたが麻薬を注入する時、他のものも注入している危険があります」というコピーの大型ポスターが。つまり、麻薬を注射するとエイズ罹患の危険性が高い、という広報ポスターがあった。麻薬とエイズのダブル・トラブル…という事で、平和な日本から来たワテには衝撃だったなー。

そして、Warwick Avenue駅で下車、すぐ先のリトルベニスを散策。
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素敵なボート・カフェがあり、まったりしたかったが、テームズ川その他も駆け抜けたい…という誘惑の方が強く、またこの次ゆっくり…って事で、また早足で地下鉄へ、Embankment駅を目指す。久しぶりのテームズ川、広い!!高いところが好きなので、橋の上からビッグベン、ロンドンアイを見て、う〜ん、ロンドン…と1人で悦に入る
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a0060003_05461180.jpgピカデリーサーカス駅で乗り換えなので、またストップオーバー、一旦外に出てエロス像を激写。

駅であ〜ちすとと合流、ロンドン名物のフィッシュ&チップスを楽しむ。歩いてお店を探してるうちに駅からちょっと離れたので、一駅だけダブルデッカーに乗ってセント・パンクラス駅に戻る。(着いた時は気がつかなかったが、すごい豪華な駅)
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…と、駆け足の観光を終え、ユーロスターに乗って自宅に戻る。

単純なもんで、帰ってしばらくは普段の軽い朝食ではなく、マフィンとベーコンを買って英国風にしていただいたのでした。
快く居候を引き受けていただき、案内していただいた上、ランチやイングリッシュ・ブレックファーストもご馳走してくれたGさんご夫婦に感謝!

イヤーーー旅って本当に良いもんじゃのぉ


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# by j-suguita | 2016-02-22 05:56 | プチ旅行 | Comments(2)

ザ・フー、ウェンブリー・アリーナ ライブに参戦! The Who, at SSE Wembley Arena 2016

a0060003_00553814.jpg昨年のライブよりズッポリとザ・フーにはまってしまい、後追いでCDやライヴDVDなどを取り寄せまくり恍惚と観てるうちに
「あぁ!!もう一度ライブ行きたい!前回のように、半分の曲しか知らない状態じゃなく、各曲の意味・メッセージ・バックグラウンドを把握した今こそ!!」
という熱が高まってしまった。

何しろ、6月のライブでは開始前のイメージ画像を見ても
「え?ジョン・エントウィッスルって誰?そういや地味な人が1人いたなぁ。変わった名前だな。50代前半で亡くなったんだ」
Baba O'Rileyも初めて聴き
「へ〜良い曲だなぁ。やけに合唱率が高いな。最近の曲かな?」
などとつぶやいたくらいのプチ・ファン。あの時、今と同じ知識を持って参戦してたら250倍楽しめたのに!と一人で残念がってた。

そこで…大胆にも、アメリカツアー参戦を密かに計画。
オークランドなら行きやすいかな?などと大胆なプランを練り始める。しかしあまりにも大胆すぎるかしら…と躊躇していたところに、ロジャーが急病で秋冬の全米ツアーは延期のニュースが。

その数ヶ月後、春に延期になったツアーの日程はどんなんじゃろ…とThe Whoの公式ページを訪問したら…なんと!!2月にロンドン、ウェンブリー・アリーナで追加ライブをするというではないか!!ユーロスターでわずか2時間半、これはもう行くっきゃない。

11月半ばの販売開始の朝、チケットマスターという「ぴあ」みたいなサイトで予約を試みるもソールドアウト…。一旦諦めたが、The Whoの公式Twitterがウェンブリー・アリーナのサイトでまだ買えますよ、とのツイートを。バレンタインデーの前日でもあるので、あ〜ちすとの分を含め2枚予約完了。ユーロスターも手配、宿泊は友人のGさんが一泊の居候快諾してくれた。後は直前に風邪ひかないよう気をつけるのみ〜 しかしこれって世間でいう追っかけ、ってヤツかなぁ…(照;

そして3ヶ月後、待ちに待ったXデーが。荷作りしながらついついニンマリ。17年ぶりに取り出したロンドンセット(地図とか電気アジャスターとか地下鉄パスとか)開けたら痩せたヲォットの20年以上前の写真が… 両替屋さんでポンドも入手。 窓口のおっさんに「え”、これだけ?これじゃ何も出来ないよー今ポンド高いよー」とからかわれた ww

早朝のユーロスターでセント・パンクラス駅に着き、Gさんにロジャーゆかりの地域シェパーズ・ブッシュを案内してもらう。

夕方、会場近くのウェンブリーパーク駅であ〜ちすとと合流。
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会場に向かう途中から、The Who色で一杯、ウキウキ感さらに高揚。アリーナ前は七色の噴水が。
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入場して、パリ公演の際買えなくて心残りだったTシャツを購入し、クアドロフェニア風のスクーターに乗って撮影。会場は斜面になっているので小柄なワテでも十分ステージが見える。
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前座の後、しばらく様々な時代のメンバーの画像が映し出され、そして会場が暗くなり「KEEP CALM HERE COMES THE WHO」の文字が。
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そして!!現人神たちの降臨!!!ヒゲを剃って髪を切ったロジャーは昨年よりずっと若々しい。

実は、予約してから開演までずっとロジャーのコンディションを心配してたが、全くワテの杞憂。ダルトリー絶好調!!ホームとアウェイではこんなにモチベーション違うのか…と感心しながらも、1分も逃すまい、と集中して体にサウンドを吸収。素晴らしい出来のイメージヴィデオ集を改めて堪能。特に、I Can See The Miles が素晴らしい。You Better You Bet では50肩も忘れ、いやっというほど手拍子して、喉が痛くなるほど一緒に大合唱〜。ゼニットとほぼ同じセトリだが、QuadropheniaからThe Rockが追加された。グループ結成当時の様子からジョン・エントウィッスルの死の2002年まで、ベトナム戦争、レーガン、ベルリンの壁崩壊、ゴルバチョフ、ブッシュ、クリントン…と政治的なネタを多く交えた濃いイメージ動画と共にプレイされる。6月からの様々な社会的事件を受け、このメッセージが追加されたのか?そしてラストのWon't Get Fooled Againのロジャーのライオンのような咆哮のところ、ドキドキしながら待ってたが…ロジャー、大成功!!!ピートも大満足で彼の肩を抱いていた。

a0060003_20440978.jpgあっという間の2時間。250%素晴らしいライブであった。ありがとう!!!

大満足で会場を出ると、路上でパチモンのTシャツとか売ってる…。良くないと知りながらも、今まで沢山、正規品買ったから良いよね…と我田引水して購入…(汗;

駅の数の少ないメトロポリタン線が早いんだけど、大混雑なので、駅の数の多いジュビリー線で座って戻る。ビールで酔っ払ったフーリガンなノリなファンのおっさん達で一杯…。中にはウィスキーをラッパ飲みしてる輩も居る。My Generationなど階級社会への不満を歌ってブレークしたThe Whoだからこの手のファンが多いのか…それともこういう人たちは騒げるイベントがあればなんでも良いのか…とぼんやり想像しながら駅の路線図を見ると、途中にKilburn駅があるではないか!!ロックドキュメンタリーの佳作「Kids Are Alright」の為のライブが開催された土地。ハマースミス・アポロ劇場のあるハマースミスも通るし、すんごいロックな線だな〜と感心。(…てか、ロンドンがロックゆかりの地域満載なのか…?)
* 追記 :
1 ウェンブリー・アリーナの8つ手前のセント・ジョーンズ・ウッド(St.John's Wood)駅はアビー・ロードの最寄駅なのも判明。
2 Kilburnのゴーモン・シアターでは確かに「Kids Are Alright」の為のライブが開催されたが、結局久しぶりのライブだったためメンバー達が出来に不満を持ち翌年にシェパートン・スタジオで取り直されたものが同映画で採用されている、という事だった。
www.shibuyabunka.com/soft.php?id=6294

翌日は午後半ばの電車だったので駆け足でロンドン観光をし(ついでに駆け足ロンドン観光はこちら >>)自宅に戻ってから興奮を忘れないうちに、これまで取り寄せた伝説のライブDVDを脳内で生ライブに変換しながら改めて鑑賞。
70過ぎのじーさんとなった今のライブでさえこれだけのパワーなんだから、絶頂期のライブ参戦した人には一生の衝撃だったであろう。「The Whoが日本でブレイクしかなったのは来日して(ツェッペリンみたいに)伝道師を育成しなかったから…」という説、うなづける。

ともかくも…
素晴らしいライブにしてくれたロジャー、ピート、ザックと全てのメンバー、スタッフに感謝。
プチ迷っていたワテの背中を押してくれたmoグさんにも感謝。
そして、これからも出来るだけ長くThe Whoが活動できますように…と(ツアーは今回が最後だけど、単発コンサートなら可能性十分!)運命の神様にお祈りしたのであった。

========= 追記 ========

この夜のセトリ >>

FBの日本語版The Whoページに、このライブの詳細解説の翻訳が!
日本語訳 >>
全然リスニング出来ないワテは、MCで皆んなが笑う中、取り残されちょっと寂しかったが、これでスッキリ。
Picture of Lilly のバックの写真、6月はキースの女装姿だったけど、今回は知らないおっさんだった。誰かゆかりのミュージシャンかなー?と思ってたら、75年からのマネージャー、ビール・カービシュレイであった。映画「さらば青春の光 Quadrophenia」を(一時は暗礁に乗り上げた)頑張って実現させてくれたのも、79年ライブの悲劇的な観客の圧死事件をフォローしツアーを継続させたのも彼。
The Who公式サイト(英語) >>

この日の客たち、ビールを買いに会場 ⇄ 売店をずっと行ったり来たり。
それも時々ちらほら、なんてもんじゃなく、地下鉄の乗り換え駅みたいに常に誰かが通路を通ってるという感じ。約1万5千円するチケット、もったいなーと他人事ながら思ったけど、ロンドンに長期滞在して何度かコンサートも行った人に聞いたら、ロンドンでのライブって常にこういう風なんだそう。ライブ後にはビールでへべれけになってる客もいた。

ついでに駆け足ロンドン観光はこちら >>


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# by j-suguita | 2016-02-21 20:57 | 音楽 | Comments(0)

ザ・フー 3枚組DVD The Who トミー・ツアー/ 四重人格・ツアー/ ライブヒッツ!

a0060003_06024903.jpgThe Whoの50年分の後追いもとりあえずひと段落…と思ったところに又々こんな3枚組DVDを見つけてしまった ^^;
早速取り寄せ。TommyツアーとQuadropheniaツアー、おまけに両ライブのアンコールのライブ・ヒッツDVDを堪能~。

a0060003_06025041.jpgTommyツアー、LAのユニバーサルでのライブは元々ヴィデオ発売のために撮影されただけあって、有名アーティストのゲスト参加(フィル・コリンズ、スティーブ・ウィンウッド、ビリー・アイドル、エルトン・ジョン)に管弦楽団、コーラス・グループにパーカッション・グループという豪華版。なんだけど、Tommyは深刻なテーマなのにちょっとリラックスし過ぎの雰囲気。個人的にワイト島のライブみたいな素朴な方が好きかも。でも、水を得た魚のように生き生きと4年ぶりにピートとプレイするロジャーを見ると、こっちも幸せな気分に。

a0060003_06024930.jpgQuadropheniaツアーはこのライブの為に製作されたショートムービーを曲間に挟むという凝った構成。超ヘビーな名作アルバムの魅力をそのまま生かした素晴らしいライブ。
個人的にはショートムービーの俳優があまり好きじゃないかなぁ。ジミーの凶暴性は出てるけど繊細さに欠ける。ま〜本アルバムを元にした映画「さらば青春の光」のフィル・ダニエルスがあまりにもはまり役だったので採点が辛くなってるかも。ゲストのビリー・アイドルとPJ Proby、Tommyツアーの時のように花を添える為ではなく、内容を濃くするために参加してる。

a0060003_06024956.jpgおまけの位置付けの3枚目のライブ・ヒッツだけど、やっぱヒットパレードって楽しい!Quadropheniaツアー、Who Are Youの出だしでギターが不調、ふざけて壊す真似をするロジャーに観客が湧くが
「いや、俺には出来ないぜ。ギターを買う金がない頃は手作りしてたんだ。それにはファッキンな数週間がかかったんだ」。
無法の世界のアコースティック・バージョン、ナイス

コメンタリーの充実がハンパないので、以下、面白かったところだけを抜粋して備忘録を兼ねた雑記 :

Tommyツアー

ロジャー
 俺たちのバンド結成25周年記念だった。もう一度一緒にプレイしてどんな事になるか知りたい、と思っていた。コーラス、パーカッション、管弦楽団をプラスしたが、彼らは俺たちと一緒のリハーサルの前から、あらかじめ3週間、彼らだけで練習してくれていた。

ピートは自分の才能に疑問を持っていたが俺にはどうでも良い事だった。ヤツはジェフ・ベックやジミー・ペイジみたいには弾かないかもしれない。でも独特なスタイルがあり、それが俺の好きなスタイルなんだ。

トミーの大成功は名曲のためだけではない。すべての若者はある意味で三重苦だから、そこに訴求したんだ。特にベトナム戦争時代のアメリカ人はそうだっただろう。

トミーを通して、俺たちのジャズとブルースの知識を(特にデビュー時はジャズを演奏していた)ロックのスタイルに変換することが出来た。

ピート 金のためにやった。俺たちは皆、当時は経済的問題があった。俺はもう一枚ソロアルバムを出したかった。
マネージャーのビル・カービシュレイが「7億5千〜10億稼ぎたくないか?」と聞くので「だって、今までのツアーでそんな巨額を稼いだことはなかったじゃないか!?」と返すと「時代は変わったんだよ」と。
俺には聴力障害があったが、5年間ツアーをしなかった空白のおかげで改善できていた。
(*注 2006年のAmazing Journeyでのインタビューで「聴力への悪影響を避けるため、音量を下げてブラスバンドやコーラスを追加した。でもThe Whoのファンなら気が付いてただろうが、それは穴埋めだった」と言っている)

やりたかったのは…観客がナレーションする…という事だ。俺たちが曲を演る、すべてを与えるのではなく、観客がストーリーを作るんだ。

It's A Boy

ピート 「再生」「再築」の象徴だ。

クリスマス Christmas

ロジャー この曲で初めてSee Me Feel Me…と、トミーの内なる声が聞こえるが、他のシンガーがこんなに心に訴える歌い方をしたのは聞いた事がない。それは、彼らが裸の自分をさらけ出せていないからだと思う。
ずっとピートの作品の具現に自分を捧げてきた。 奴のギター、俺の声、ジョンのベース、キースのドラム…これらがピートの作品にとっての最高の楽器なんだ。俺の声質があいつの歌詞に最も適している。俺は登場人物を「生きた」。ピートの視点を尊重し人物になり切った。

Cousin Kevin, Uncle Ernie

ピート 自分の幼少時の性的虐待のトラウマから、この二曲はとても自分では書けなかった。そこでジョンに頼んだ。当時のロンドンの下町は知り合いの知り合いでも初対面でも「おじさん」と呼んだ。そのうち一人に奇妙な怪しい奴がいた。ジョンに作曲を頼みながら「書けない、言えない、考える事も出来ない自分がいる」事に気付いた。 See Me Feel Me Touch Me Heal Me は母を呼ぶ俺の心の声だ。

いとこのケヴィン、Cousin Kevin は残酷な内容だが、ケン・ラッセルの映画で聴いて最高に美しい曲だ、と再認識した。トミーには悪い経験でも、他者との経験が全くないよりは良いことなんだ。

The Acid Queen
ロジャー ゲスト歌手が歌う時は、いつも居心地が悪かった。でもだからと行ってステージを離れるのはおかしなことだ。チームプレイなんだから。特にL.Aのユニバーサルでのライブは特別なショウだったし。でもラ・ベルは素晴らしかった。彼女はキット・ランバート(初期のThe Whoマネージャーで、トミーをプロデュースした)が発掘したトラックレコードの歌手だ。ビリー・アイドルも良かったし、フィル・コリンズがリラックスしてアーニーおじさんを怪演して驚いた。(カトちゃんケンちゃんも真っ青なキモい変装で、実に楽しそう)
ピート スティーブ・ウィンウッドには映画で教祖の役を演じてもらいたかったが彼が映画に興味がなく断わられたので今回頼んだ。レイ・チャールズみたいに歌ってくれた。

Pinball Wizard

ピート ニックという若い批評家がゲーセンに連れて行ってくれて、そこでピンボール・チャンピオンの女性に紹介してくれて対戦した。強かった!!
その後、ニックにトミーの感想を聞いたら
「戦争、神、虐待…ドラッグ。ちょっと退屈かな」
「ピンボール・チャンピオンを追加したら?」
「それなら五つ星」
という事で、トミーはロックスター…の予定を急遽ピンボールのチャンピオンに変更、大急ぎで自宅に帰って作詞作曲した。

Sally Simpson
ピート ドアーズとフェスで一緒になった事があった。ジム・モリソンはまるで穴が空いたみたいに飲んでいた。俺も聖人君子ではなかったがドラッグはやらなかったので距離を置いていた。「ひどい顔色だぜ」と言った。次に死ぬのはジムだ…とわかっていた。
コンサートの中盤で興奮したファンの女の子が舞台に上ってしまい、セキュリティーに突き落とされ、頬か頭を打ち血だらけになった。俺はすぐそのその子を助け、ライブ後にジムのところに連れて行った。ジムはとても優しく謝ってくれて、巨額の見舞金を支払った。十字架のキリストのように手を広げた写真のジムのような…またはミック・ジャガーのような…強烈なカリスマの説教師に恋焦がれる少女の歌にした。

Tommy's Holiday Camp
ピート アニーおじさんは前の世代の人だ。戦争でジャップやドイツ野郎(Japs et Krauts)を殺して勲章を貰っているのかもしれない。キャンプでの信者達は三重苦を体験し、更にそこにアーニーおじさんが変態性、虐待、ドラッグ、いじめ、惨めさ…西洋社会がたっぷり持っているものを提供してくれる。

We're Not Gonna Take It
ピート 人々は、きれいな教会やイスラム寺院のように、きれいで整理されオーガナイズされたところから答えを渡されるのを安直に待っている。

See Me Feel Me
ロジャー ある意味、俳優の仕事をしていたと思う。メロディーと詩以上のものを表現したかった。歌手というのはありのままの自分をさらけ出す…という傷付き易い仕事だ。だが俺は良い仕事をしたと思うし、これで自信を持てた。
俺の声には「何か」があるんだ。自惚れとは思わない。強過ぎる声でロックには向かないかもしれないし、ひどく不器用に聞こえる事もあるかもしれない。でもこの曲を他の歌手が同じキーで歌うとひどくキンキンしてしまうが、俺の声の重みのおかげでそうはならないというクオリティーがある。これは生まれつきのギフトだ。

ピート  数え切れないほどパフォーマンスしたが、この曲は無欲な聴衆の不思議な力に関する曲なんだ。観客はそこにいて舞台に集中し「自己」とういうものを忘れ、力の流れに任せトリップする。その現象は何度も何度も見てきた。 76年のライブでは観客たちは浮遊を経験した…と言っていた。トミーはライブで演奏されると強い力を放つ。The Whoのコンサートは常に観客に「不信」の気持ちを忘れ、無我な気持ちで聴衆の一部として溶け込んでもらい、参加をしてもらう…というイベントなんだ。

Quadropheniaツアー

ピート ツアー開始直後のライブはイマイチだった。スタジオでは俺が100%コントロール出来たが、ステージではそうじゃなかったから。マジソンスクエア公演ではナレーションを入れてみたが結果は良くなかった。そこで、それまでほぼ人の言うことを聞かなかった俺が、初めてロジャーの意見を取り入れた。ヤツは解散後の俳優のキャリアを通して技術的知識を把握していた。

Real Me
ピート 本当の俺が見えるかい…?というのは自分自身への問いだ 
ロジャー このアルバムではロマンティックで傷付き易いジミーと彼の凶暴性の両方を表現したつもりだ。

The Punk and The Godfather
ロジャー 皆は否定するが、英国ははっきりとした階級社会だ。アメリカのように金さえ手にすればアッパークラスに行ける…というものではない。当時は14〜15歳で働き始め若いペンキ職人でも200ポンドのスーツが買えた。
ピート 当時「ナンバー」とはクールなモッズのことだった。マーク・ボランは世界初のイカしたモッズで、その他デヴィッド・ボウイ、ロン・ウッドがいた。ロッド・スチュアートはファッキンにまでにクールなモッズだった。

Cut My hair
ピート 本当のモッズは喧嘩なんかしなかった。服が汚れるのが何より心配な奴らだから。
ロジャー 俺は全然モッドじゃなかった。モッズの服を着たロッカーだった。

I'm One
ピート 俺は4重人格なんかじゃない…俺は一人だ、と自分に言い聞かせている曲

The Dirty Jobs
ロジャー 人生で5年もの間、同じ場所で働けば記憶に刻まれる。「また板金工場で働ける?」と聞かれるけど出来ないこともないね。同僚たちとの楽しい思い出も沢山ある。朝夕にタイムカードで管理されるのは嫌で仕方がなかったが。ラジオは禁止だったからジョニー・キャッシュとかその他を8時から18時まで歌っていた。そして18時から23時までライブ・ハウスで歌ったから一日中歌っていたことになる。楽しかったよ!

戦争が人々を変容させた。父母は戦争のトラウマを持っていて恐ろしく陰気だった。なぜ戦争の話をしなかったのか、今ならわかる。ただもう静かに生きたかったんだ。人生を10回生きたようなものだったから。労働者階級の多くの親がそうだった。たまに酔って戦時の楽しい思い出も語ることもあったが、ダークな話は決してしなかった。

Is It In My Head
ピート 今は情報がありすぎ、楽しくダンスしてから「人々が飢えてるのに踊ってる場合じゃない!」などと言い出したりする。世界を変えられない無力さに悩んだりする。1964年は戦後わずか20年。まだ踊ることに罪悪感があった。
ロジャー このツアーからリンゴ・スターの息子のザックが参加した。もともとは「ピートと仲間達」というタイトルの予定だったが、幼少時にキースに直々に指南されたザックの参加がピートにThe Whoの名前を使うことを決心させたと思う。キースの死後初めて俺たち3人に見合う実力のドラマーが入った。これはバンドの再生だった。

I've Had Enough
ピート 14歳の俺がジョンと自宅で練習していたら、大嫌いな祖母がやって来て「騒音はやめて!」と言ったので、俺はアンプを取り上げて「騒音じゃない、ロックンロールだ!」と叫んで床に叩きつけた。祖母はさっさと逃げ、ジョンは「グレート」と言ってくれた。
ロジャー The Whoはハチャメチャなようでよくまとまったバンドだった。それはジョンとピートという毛糸を編み曲げる編み針のようなキースのドラムがあったからだ。そして俺は他のロック歌手と逆にリズムを強調した。
ジョンのソロ「Smash Your Head against The Wall」はスージー無しのバンシーズのような独特な構成だった。乾いたダークなユーモアセンスを持った奴だった。実は…The Whoのファンは同意しないだろうけど、彼の曲はピートのほどは好きじゃなかった。でもともかく…ヤツがいなくて寂しいよ。

See and Sand
ピート 当時のイギリスはアメリカの労働者と同じで年2週間の休暇しかなかった。今はEU統合などで改善され、いつもバカンスだけど(笑
なので休日というのはブライトンの対決の様に「特別なイベントをする日」だった。まだ戦後だったんだ。
イギリスは縦長の島国だからビーチや砂丘は多くの人々の憩いの場所なんだ。
ロジャー ロッカー / モッズの対立はシャーク / ジェット(ウエストサイドストーリーの)やロミオとジュリエットの様なものだった。

Bell Boy
ピート 打ちひしがれてブライトンまでやってきたジミーの目にエースのバイクが入る。そして喜んだのもつかの間、ベルボーイ姿のエースが…裏切られた様な気持ちになる。
子供の頃は憧れのお兄ちゃんがいたりする。自分より強かったり、ギャグがうまかったり。そしてどこかで守られている感もあったが「もう助けてくれるアニキはいない。自分で戦うんだ」というメッセージでもある。

Dr Jimmy and Mister Jim

ピート ジキル( Dr Jimmy)とハイド(Mr Jim)の話。最初にワグナーの節をパクったのは、白人男性の傲慢さを表すため。

Love Reign O'er me

ピート すでに前年にレコーディングされていたが、Who's Nextには収録しなかった。録音エンジニアでプロデューサーのグリン・ジョーンズがマスターピースだから是非フィーチャーしては、と提案してくれた。俺はピアノはあまり自信がないが、デモのピアノをそのまま使ってくれた。グリンの優れたところは、録音の技術だけでなく他人が口を挟んでもピシャリとシャットアウトしてくれたところだ。ここでいうLOVEは「恋」ではなく精神的愛のことだ。


ロジャー 主人公の心境を総括している、という点でSee Me Feel Meに近い。「我々を支配するのは愛」である事の受容。答えは非常にシンプルなものなんだ。


ピート 本当はアコギで座って弾くのが好きなんだ。でもこの曲の時はストラトを肩にかける。ロジャーが俺の曲、テーマ、物語を歌ってくれている。俺は奴の邪魔にならないようにオブリガートしてサポートをする。
ジョンが亡くなってから、俺とロジャーの化学反応がこの曲のために変わった。この曲を演りながら俺たちはまだまだ高みに登れることに気がついた。「俺たちは騒がしいロックスターの一味だぜ」と。ロックの目的を個人の魂の目的に変換するような。それは俺たちの逃れ難い兄弟愛の始まりだった。ロジャーと演るグレートな曲だ。

****** 雑感 *******

仏語字幕を読んでいたら辻褄が合わなくなったので英語字幕にしてみたら、翻訳にメチャメチャな間違えが…。もしかしたら、他にもたくさん間違えあったのかもかも…と思うとギャフン。(ワテの仏語の読み間違えを含める)

人々がホムペやブログでロジャーを「くどい」「力んでる」「一本調子」「リポビタンDのCMに出てきそう」と愛を込めてdisってるが、ロジャーは承知で「強い声なので、すごく不器用に聞こえることもあるかもしれない」と冷静な自己分析をしてる。Tommyツアーでのロジャーはリーサル・ウェポンのメルギブソンと同じ髪型。。ダサかっこいいよ!

ボウイだけではなく、M・ボランもロッド・スチュワートもモッズだった、それもとびきりクールな…というコメント読んで画像検索したら…皆さん美しすぎ格好良すぎで、眩暈がした。
https://goo.gl/8SsZdQ
https://goo.gl/Mp9uWs

ピートの「当時は有休が年2週間しかなく労働者階級はツラかった。今は沢山あるけど」というのを聞き、格差社会の今の日本って、モッズ時代のイギリスに近いレベルかも。もし本当の和製モッズ(バンド名がモッズだとか、ファッションがモッズだとか、フーのコピー演る…とかじゃなく)が産まれるとしたら、今かも。
ま〜一番良いのはそうなる前に不公平が是正された世の中になる事だが。

番外編:別のDVD (Thirty Years of Maximum R&B Live) のインタビューから。
■ モッズスタイルからヒッピースタイルに変えた時について…
ロジャー「Tommyからスタイルを変えたから、巻き毛を伸ばしてジェルで固める…という事をしないで済むようになった。なにせ、当時、どんな恐ろしい伝染病よりも忌まわしもの…それはカーリーヘアのモッズだったのさ!」
ピート 「それまでは、週に一回仕立屋とアポイントを取ってモッズスーツを新調した。だけど、もうこのウザい作業は止めよう…と思い作業着にドクター・マーチンの短ブーツにしたんだ。」
(ピートのこのスタイルって'73の「時計じかけのオレンジ」のスタイリングにヒントを与えたのでは?)
■ Sister Disco
ピート 「俺はSister Discoをステージで演るのが大嫌いだったんだ。なぜなら、ロジャーの奴が必ず笑顔で『世間は俺たちが仲が悪い、って思ってるけど、実は仲の良い兄弟分だぜ。』と言いたげに馴れ馴れしく近づいてきやがるからさ。だから俺は睨みつけて『うせやがれ、○○○○野郎!』と言ってやったんだ。奴はムカついてたみたいだな。ハッハッハ!」
…これは90年代初頭、まだピートが「逃れ難い兄弟愛」を持つ前のインタビューだけど…ピートって性格に問題あるかもww 
まー天才ってそんなもんだろう。




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# by j-suguita | 2016-01-28 06:23 | 音楽 | Comments(0)