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カテゴリ:本( 4 )

「八月の光 - Lignt in August」  W.フォークナー

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ジョー・クリスマスはスーパー・ハードボイルドな男。
1930年代のアメリカ南部に於いて外見は白人、しかし何分の一か黒人の血が入っている…らしい…という宿命を背負い、悲惨な体験を経て成長した彼はクールな悪党になった。殺人を犯し逃避行の果て
「てめえの命を籠に入れた卵見てえに運び歩くのはうんざりしたぜ」
と、指名手配中の身で白昼の街を闊歩し逮捕される。

「自分を泣かせようとする」親切を嫌悪する彼は、養母の貯金箱を 目の前でぶちまけ
「俺は頼まなかったぜ。なぜってそうすりゃあ、あんたはこれお俺にくれちまうだろうからさ。俺はこれを勝手に取ったんだ。それを忘れるなよな」
と言い残して永遠に出ていく。ジョアナ・バーデンの手作り料理は壁にぶちまけるし縫われたボタンはナイフではがす。

何にも期待しない、求めない。一見ウルトラ・ドライにみえる彼は実は「情愛に束縛される」ことが怖い。そもそも彼が3年間半同棲した中年女、ジョアナ・バーデンを殺害したのは彼女が彼を支配しようとしたから。

ジョーは40代で処女だった彼女と強引に関係を持つ。その後ジョアナは欲情のとりことなるが、新教徒の彼女にはそんな関係を素直に謳歌する事など出来ない。信仰上、結婚外の性行為は淫行以外の何ものでもない。理由付けの必要な彼女は結婚を迫り、拒否されると無理心中を計るが、逆にジョーに殺される。

ジョーも迷いがなかったわけではない
どうしてだめなことがある?そうさ そうすればこれから一生が安楽におくれるんだぜ。二度とうろつきまわらないですむ。それにこんな有様なら、この女と結婚したほうがましじゃねえか 考えて『いや。もしここで降参したなら、俺は、自分のなりたい人間になろうとして生きてきたこの三十年を、むだにしちまう。』
そして「俺は明日出て行くさ」「いや日曜まで」「次の給料日まで」と、なかなか彼女の元を去らず、そして惨劇が訪れる。

貧しい田舎娘リーナ・グローブこそ何の制約ももたない女。
妊娠して捨てられたにもかかわらず「連絡の行き違い」と信じ込み、男を捜して臨月の身で、ジョーがジョアナを殺害したその日にこの街まで流れ着く。
レッド・ツェッペリンの「天国への階段」の”光るものはすべて金”と信じ込んだ女の様に愚直でパワフル。地味男バイロン・バンチは「八月の光」のような強烈なオーラに一目でとりこになる。そしてリーナはクリスマスがリンチ死するその日に男児を出産する。偶然にもクリスマスの祖母に介護されて。祖母は錯乱気味で、リーナの産んだ子と乳児期のクリスマスを混同する。この辺り「キリストの復活」という事がどうしても頭をかすめてしまう。(フォークナー自身は「ジョー・クリスマス=キリスト説」を否定してるそうだが)

この作品、同じフォークナーの「怒りと響き」に比較すると平易…といわれているが私には当初とっつきにくかった。「宗教」「人種」というのが日本人にはピンとこないモチーフだし。にもかかわらず、最後まで読まずにいられなかったのは、基本的には人類にとっての普遍的なテーマが描かれているからなのだろう。

まだまだこの大作を消化しきれないでいるので、(ハイタワー元牧師の存在とか、ジョーと祖母の30年ぶりの邂逅、再逃亡etc...)そのうち読み返して理解を深めたいと思う。
松岡正剛さんの「千夜千冊」大洋ボートさんのブログが随分と参考になった。

宝石のような素晴らしい文章の中でも、性の深淵にはまった二人を表した下記のくだりが特に印象深かった。
彼は、とどまって見まもりつづけた。二匹の動物が一つの肉体になってもがくのを — 落ちていく月の下の黒い水面で月光に光る二つの生物が相手を沈め溺らせて苦しめあうのを、見まもった。

八月の光 (新潮文庫)
ウィリアム・フォークナー
加島 祥造 訳
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by j-suguita | 2009-10-05 03:37 | | Comments(8)

インチキな大人: The Catcher in the Rye

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近所のカフェがリニューアルオープン!
これまでは古くさいところがお気に入りだったのだが、今回テラスの部分の屋根がざーーーとガラス張りになり心地よい。

a0060003_1091917.jpgこのカフェ私が勝手に「ヒッチコック・カフェ」と呼んでます。
何故なら、端から向こう側の端を見ると、景色がスクリーン状に切り取られて「引き裂かれたカーテン」や「北北西に進路をとれ」の一場面のように見えるので。(人によっては見えない場合もあるかも。。)

太陽光の下の読書はナイス。
私らが若い頃夢中で呼んだ「ライ麦畑でつかまえて」の村上春樹版「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のペーパーバック版を秋に買っといたので、20年数年振りに読んでみた。

どうも本作は当時の流行語等が使われ翻訳がすごい難しいものらしい。
そういや当時読んだ時は、すたれた流行語が出てきてギャフンとなったものであった。(やっこさん、とか)
村上春樹は今っぽいボキャブラリーは使わずに今っぽい気分を出してるので本訳書は今後長い間カビ臭くなる事もなく読み継がれるのではないかと思う。
よく憶えてたところ、そーいやこんな場面あったか…というところ、全く憶えてなかったところetc..など色々。
ホールデン・コールフィールド君の3日間の冒険を20ウン年前同様、一気に読み終えた。

で、フト気付くと、かつて「ウンウン!」「そう、そうなのよー!」と思いながら読んでた当時の自分と比べ「ケッ!」とか「ふ〜ん、良い身分じゃん」などとつぶやく私がいたりするわけです。
これは、つまり、私がホールデン君いうところの「インチキな大人」になった証拠なのか。。
一番「ケッ!」と思ったのは『どうせケーリー・グラント主演のコメディーとかいうろくでもないもの』というくだり。H・ホークスやレオ・マッケリー作ケーリー・グラント主演の映画はJ.D.サリンジャー作「キャッチャー・イン・ザ・ライ」同様、立派なアメリカ文化なんだけど!!!

...ま、とかなんとか言いながらも、ホールデン君の永遠の青臭さ、瑞々しさのかけらみたいなものは頭のどっかに留めておきたいなー、などと思ったりしたワケです。
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by j-suguita | 2008-02-29 10:10 | | Comments(2)

「サンクチュアリ Sanctuary」 W.フォークナー

a0060003_7424025.jpg今さら、、、なのですが。
完璧にノックアウトされてしまった、W.フォークナーの「サンクチュアリ」に。

たたみかけるような展開、緻密で緊迫した描写。。名監督H.ホークスの親友だったそうで彼の作品のシナリオも手がけたそうだが、ナルホドとうなずける映像的表現。
書籍をポケットに入れた弁護士ホレスと、ピストルをポケットに入れた密造酒売人ポパイという対照的な巡り会いから始まるこの物語、想像力・読解力が充分でない私には最初ちょい読み難かったが、半分以降は一気に読み進めてしまったぁ!

米国南部社会の偏狭なメンタリティーと暴力的内容...で知られているが、
主題はむしろ、そんな中で正義を貫こうとする弁護士と、
赤子を抱えて過酷な人生を必死で生きる女なのであった。
その他、いかがわしい商売をしながらも、彼女なりのモラルを通そうとするミス・リーバも印象に残った。

色々とコワイ人達が出て来る。
虚弱体質で性格破綻者の真犯人、汚職議員、手段を選ばない検事、
女子大生を密造酒造りのアジトに連れていったあげく置き去りにするアル中の名門青年等々。

そして
「善行」のため乳飲み子をかかえた容疑者の内妻を宿泊施設から追い出す教会の婦人たち、
「正義」のために法的さばきを待たず容疑者を凄惨なリンチで殺害する町人たち。

+++++++++++++++++++

ちなみに、この作品、1933年に映画化されている。
タイトルは「暴風の処女」(何か、スゴい。。フォークナーは経済的理由から映画化権を売ったらしい)
話は180度歪曲されていて、暴行されたおバカな女子大生が勇気を出して真実を法廷で証言し、無実の容疑者は釈放される、、、という原作とはまったくの別もの、らしい。
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by j-suguita | 2008-01-23 07:44 | | Comments(3)

余談 :カバンスにピッタリの本

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今回は、6冊の本を持って行ったのだが、カバンスぴったり大賞は
真夏の気怠い愛を描いた「地下街の人々」でもなく
「PHPで構築する最適webシステム」でもなく
「次世代ブログワードプレス」でも
読み始められなかった「ハツカネズミと人間」でも「箱男」でもなく
マーク・ストランドの「犬の人生」なのでありました。

これは、カバーのカットがあまりにも可愛いので買ってしまったもの。
当初、ヘンテコな話の運びに???だったが、
訳者の村上春樹のあとがきによると、このストランドさんという方は、
アメリカでは有名な詩人なんだそうな。
なんで、筋を追う、というよりは、この不思議な空気を味わおう、
ってことで、素直にストランドの世界の中に漂ってみた。

感覚的に楽しめる本書は、今回の浮世離れしたカバンスにぴったりだった。

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by j-suguita | 2007-07-19 02:01 | | Comments(17)