ザ・フー 3枚組DVD The Who トミー・ツアー/ 四重人格・ツアー/ ライブヒッツ!

a0060003_06024903.jpgThe Whoの50年分の後追いもとりあえずひと段落…と思ったところに又々こんな3枚組DVDを見つけてしまった ^^;
早速取り寄せ。TommyツアーとQuadropheniaツアー、おまけに両ライブのアンコールのライブ・ヒッツDVDを堪能~。

a0060003_06025041.jpgTommyツアー、LAのユニバーサルでのライブは元々ヴィデオ発売のために撮影されただけあって、有名アーティストのゲスト参加(フィル・コリンズ、スティーブ・ウィンウッド、ビリー・アイドル、エルトン・ジョン)に管弦楽団、コーラス・グループにパーカッション・グループという豪華版。なんだけど、Tommyは深刻なテーマなのにちょっとリラックスし過ぎの雰囲気。個人的にワイト島のライブみたいな素朴な方が好きかも。でも、水を得た魚のように生き生きと4年ぶりにピートとプレイするロジャーを見ると、こっちも幸せな気分に。

a0060003_06024930.jpgQuadropheniaツアーはこのライブの為に製作されたショートムービーを曲間に挟むという凝った構成。超ヘビーな名作アルバムの魅力をそのまま生かした素晴らしいライブ。
個人的にはショートムービーの俳優があまり好きじゃないかなぁ。ジミーの凶暴性は出てるけど繊細さに欠ける。ま〜本アルバムを元にした映画「さらば青春の光」のフィル・ダニエルスがあまりにもはまり役だったので採点が辛くなってるかも。ゲストのビリー・アイドルとPJ Proby、Tommyツアーの時のように花を添える為ではなく、内容を濃くするために参加してる。

a0060003_06024956.jpgおまけの位置付けの3枚目のライブ・ヒッツだけど、やっぱヒットパレードって楽しい!Quadropheniaツアー、Who Are Youの出だしでギターが不調、ふざけて壊す真似をするロジャーに観客が湧くが
「いや、俺には出来ないぜ。ギターを買う金がない頃は手作りしてたんだ。それにはファッキンな数週間がかかったんだ」。
無法の世界のアコースティック・バージョン、ナイス

コメンタリーの充実がハンパないので、以下、面白かったところだけを抜粋して備忘録を兼ねた雑記 :

Tommyツアー

ロジャー
 俺たちのバンド結成25周年記念だった。もう一度一緒にプレイしてどんな事になるか知りたい、と思っていた。コーラス、パーカッション、管弦楽団をプラスしたが、彼らは俺たちと一緒のリハーサルの前から、あらかじめ3週間、彼らだけで練習してくれていた。

ピートは自分の才能に疑問を持っていたが俺にはどうでも良い事だった。ヤツはジェフ・ベックやジミー・ペイジみたいには弾かないかもしれない。でも独特なスタイルがあり、それが俺の好きなスタイルなんだ。

トミーの大成功は名曲のためだけではない。すべての若者はある意味で三重苦だから、そこに訴求したんだ。特にベトナム戦争時代のアメリカ人はそうだっただろう。

トミーを通して、俺たちのジャズとブルースの知識を(特にデビュー時はジャズを演奏していた)ロックのスタイルに変換することが出来た。

ピート 金のためにやった。俺たちは皆、当時は経済的問題があった。俺はもう一枚ソロアルバムを出したかった。
マネージャーのビル・カービシュレイが「7億5千〜10億稼ぎたくないか?」と聞くので「だって、今までのツアーでそんな巨額を稼いだことはなかったじゃないか!?」と返すと「時代は変わったんだよ」と。
俺には聴力障害があったが、5年間ツアーをしなかった空白のおかげで改善できていた。
(*注 2006年のAmazing Journeyでのインタビューで「聴力への悪影響を避けるため、音量を下げてブラスバンドやコーラスを追加した。でもThe Whoのファンなら気が付いてただろうが、それは穴埋めだった」と言っている)

やりたかったのは…観客がナレーションする…という事だ。俺たちが曲を演る、すべてを与えるのではなく、観客がストーリーを作るんだ。

It's A Boy

ピート 「再生」「再築」の象徴だ。

クリスマス Christmas

ロジャー この曲で初めてSee Me Feel Me…と、トミーの内なる声が聞こえるが、他のシンガーがこんなに心に訴える歌い方をしたのは聞いた事がない。それは、彼らが裸の自分をさらけ出せていないからだと思う。
ずっとピートの作品の具現に自分を捧げてきた。 奴のギター、俺の声、ジョンのベース、キースのドラム…これらがピートの作品にとっての最高の楽器なんだ。俺の声質があいつの歌詞に最も適している。俺は登場人物を「生きた」。ピートの視点を尊重し人物になり切った。

Cousin Kevin, Uncle Ernie

ピート 自分の幼少時の性的虐待のトラウマから、この二曲はとても自分では書けなかった。そこでジョンに頼んだ。当時のロンドンの下町は知り合いの知り合いでも初対面でも「おじさん」と呼んだ。そのうち一人に奇妙な怪しい奴がいた。ジョンに作曲を頼みながら「書けない、言えない、考える事も出来ない自分がいる」事に気付いた。 See Me Feel Me Touch Me Heal Me は母を呼ぶ俺の心の声だ。

いとこのケヴィン、Cousin Kevin は残酷な内容だが、ケン・ラッセルの映画で聴いて最高に美しい曲だ、と再認識した。トミーには悪い経験でも、他者との経験が全くないよりは良いことなんだ。

The Acid Queen
ロジャー ゲスト歌手が歌う時は、いつも居心地が悪かった。でもだからと行ってステージを離れるのはおかしなことだ。チームプレイなんだから。特にL.Aのユニバーサルでのライブは特別なショウだったし。でもラ・ベルは素晴らしかった。彼女はキット・ランバート(初期のThe Whoマネージャーで、トミーをプロデュースした)が発掘したトラックレコードの歌手だ。ビリー・アイドルも良かったし、フィル・コリンズがリラックスしてアーニーおじさんを怪演して驚いた。(カトちゃんケンちゃんも真っ青なキモい変装で、実に楽しそう)
ピート スティーブ・ウィンウッドには映画で教祖の役を演じてもらいたかったが彼が映画に興味がなく断わられたので今回頼んだ。レイ・チャールズみたいに歌ってくれた。

Pinball Wizard

ピート ニックという若い批評家がゲーセンに連れて行ってくれて、そこでピンボール・チャンピオンの女性に紹介してくれて対戦した。強かった!!
その後、ニックにトミーの感想を聞いたら
「戦争、神、虐待…ドラッグ。ちょっと退屈かな」
「ピンボール・チャンピオンを追加したら?」
「それなら五つ星」
という事で、トミーはロックスター…の予定を急遽ピンボールのチャンピオンに変更、大急ぎで自宅に帰って作詞作曲した。

Sally Simpson
ピート ドアーズとフェスで一緒になった事があった。ジム・モリソンはまるで穴が空いたみたいに飲んでいた。俺も聖人君子ではなかったがドラッグはやらなかったので距離を置いていた。「ひどい顔色だぜ」と言った。次に死ぬのはジムだ…とわかっていた。
コンサートの中盤で興奮したファンの女の子が舞台に上ってしまい、セキュリティーに突き落とされ、頬か頭を打ち血だらけになった。俺はすぐそのその子を助け、ライブ後にジムのところに連れて行った。ジムはとても優しく謝ってくれて、巨額の見舞金を支払った。十字架のキリストのように手を広げた写真のジムのような…またはミック・ジャガーのような…強烈なカリスマの説教師に恋焦がれる少女の歌にした。

Tommy's Holiday Camp
ピート アニーおじさんは前の世代の人だ。戦争でジャップやドイツ野郎(Japs et Krauts)を殺して勲章を貰っているのかもしれない。キャンプでの信者達は三重苦を体験し、更にそこにアーニーおじさんが変態性、虐待、ドラッグ、いじめ、惨めさ…西洋社会がたっぷり持っているものを提供してくれる。

We're Not Gonna Take It
ピート 人々は、きれいな教会やイスラム寺院のように、きれいで整理されオーガナイズされたところから答えを渡されるのを安直に待っている。

See Me Feel Me
ロジャー ある意味、俳優の仕事をしていたと思う。メロディーと詩以上のものを表現したかった。歌手というのはありのままの自分をさらけ出す…という傷付き易い仕事だ。だが俺は良い仕事をしたと思うし、これで自信を持てた。
俺の声には「何か」があるんだ。自惚れとは思わない。強過ぎる声でロックには向かないかもしれないし、ひどく不器用に聞こえる事もあるかもしれない。でもこの曲を他の歌手が同じキーで歌うとひどくキンキンしてしまうが、俺の声の重みのおかげでそうはならないというクオリティーがある。これは生まれつきのギフトだ。

ピート  数え切れないほどパフォーマンスしたが、この曲は無欲な聴衆の不思議な力に関する曲なんだ。観客はそこにいて舞台に集中し「自己」とういうものを忘れ、力の流れに任せトリップする。その現象は何度も何度も見てきた。 76年のライブでは観客たちは浮遊を経験した…と言っていた。トミーはライブで演奏されると強い力を放つ。The Whoのコンサートは常に観客に「不信」の気持ちを忘れ、無我な気持ちで聴衆の一部として溶け込んでもらい、参加をしてもらう…というイベントなんだ。

Quadropheniaツアー

ピート ツアー開始直後のライブはイマイチだった。スタジオでは俺が100%コントロール出来たが、ステージではそうじゃなかったから。マジソンスクエア公演ではナレーションを入れてみたが結果は良くなかった。そこで、それまでほぼ人の言うことを聞かなかった俺が、初めてロジャーの意見を取り入れた。ヤツは解散後の俳優のキャリアを通して技術的知識を把握していた。

Real Me
ピート 本当の俺が見えるかい…?というのは自分自身への問いだ 
ロジャー このアルバムではロマンティックで傷付き易いジミーと彼の凶暴性の両方を表現したつもりだ。

The Punk and The Godfather
ロジャー 皆は否定するが、英国ははっきりとした階級社会だ。アメリカのように金さえ手にすればアッパークラスに行ける…というものではない。当時は14〜15歳で働き始め若いペンキ職人でも200ポンドのスーツが買えた。
ピート 当時「ナンバー」とはクールなモッズのことだった。マーク・ボランは世界初のイカしたモッズで、その他デヴィッド・ボウイ、ロン・ウッドがいた。ロッド・スチュアートはファッキンにまでにクールなモッズだった。

Cut My hair
ピート 本当のモッズは喧嘩なんかしなかった。服が汚れるのが何より心配な奴らだから。
ロジャー 俺は全然モッドじゃなかった。モッズの服を着たロッカーだった。

I'm One
ピート 俺は4重人格なんかじゃない…俺は一人だ、と自分に言い聞かせている曲

The Dirty Jobs
ロジャー 人生で5年もの間、同じ場所で働けば記憶に刻まれる。「また板金工場で働ける?」と聞かれるけど出来ないこともないね。同僚たちとの楽しい思い出も沢山ある。朝夕にタイムカードで管理されるのは嫌で仕方がなかったが。ラジオは禁止だったからジョニー・キャッシュとかその他を8時から18時まで歌っていた。そして18時から23時までライブ・ハウスで歌ったから一日中歌っていたことになる。楽しかったよ!

戦争が人々を変容させた。父母は戦争のトラウマを持っていて恐ろしく陰気だった。なぜ戦争の話をしなかったのか、今ならわかる。ただもう静かに生きたかったんだ。人生を10回生きたようなものだったから。労働者階級の多くの親がそうだった。たまに酔って戦時の楽しい思い出も語ることもあったが、ダークな話は決してしなかった。

Is It In My Head
ピート 今は情報がありすぎ、楽しくダンスしてから「人々が飢えてるのに踊ってる場合じゃない!」などと言い出したりする。世界を変えられない無力さに悩んだりする。1964年は戦後わずか20年。まだ踊ることに罪悪感があった。
ロジャー このツアーからリンゴ・スターの息子のザックが参加した。もともとは「ピートと仲間達」というタイトルの予定だったが、幼少時にキースに直々に指南されたザックの参加がピートにThe Whoの名前を使うことを決心させたと思う。キースの死後初めて俺たち3人に見合う実力のドラマーが入った。これはバンドの再生だった。

I've Had Enough
ピート 14歳の俺がジョンと自宅で練習していたら、大嫌いな祖母がやって来て「騒音はやめて!」と言ったので、俺はアンプを取り上げて「騒音じゃない、ロックンロールだ!」と叫んで床に叩きつけた。祖母はさっさと逃げ、ジョンは「グレート」と言ってくれた。
ロジャー The Whoはハチャメチャなようでよくまとまったバンドだった。それはジョンとピートという毛糸を編み曲げる編み針のようなキースのドラムがあったからだ。そして俺は他のロック歌手と逆にリズムを強調した。
ジョンのソロ「Smash Your Head against The Wall」はスージー無しのバンシーズのような独特な構成だった。乾いたダークなユーモアセンスを持った奴だった。実は…The Whoのファンは同意しないだろうけど、彼の曲はピートのほどは好きじゃなかった。でもともかく…ヤツがいなくて寂しいよ。

See and Sand
ピート 当時のイギリスはアメリカの労働者と同じで年2週間の休暇しかなかった。今はEU統合などで改善され、いつもバカンスだけど(笑
なので休日というのはブライトンの対決の様に「特別なイベントをする日」だった。まだ戦後だったんだ。
イギリスは縦長の島国だからビーチや砂丘は多くの人々の憩いの場所なんだ。
ロジャー ロッカー / モッズの対立はシャーク / ジェット(ウエストサイドストーリーの)やロミオとジュリエットの様なものだった。

Bell Boy
ピート 打ちひしがれてブライトンまでやってきたジミーの目にエースのバイクが入る。そして喜んだのもつかの間、ベルボーイ姿のエースが…裏切られた様な気持ちになる。
子供の頃は憧れのお兄ちゃんがいたりする。自分より強かったり、ギャグがうまかったり。そしてどこかで守られている感もあったが「もう助けてくれるアニキはいない。自分で戦うんだ」というメッセージでもある。

Dr Jimmy and Mister Jim

ピート ジキル( Dr Jimmy)とハイド(Mr Jim)の話。最初にワグナーの節をパクったのは、白人男性の傲慢さを表すため。

Love Reign O'er me

ピート すでに前年にレコーディングされていたが、Who's Nextには収録しなかった。録音エンジニアでプロデューサーのグリン・ジョーンズがマスターピースだから是非フィーチャーしては、と提案してくれた。俺はピアノはあまり自信がないが、デモのピアノをそのまま使ってくれた。グリンの優れたところは、録音の技術だけでなく他人が口を挟んでもピシャリとシャットアウトしてくれたところだ。ここでいうLOVEは「恋」ではなく精神的愛のことだ。


ロジャー 主人公の心境を総括している、という点でSee Me Feel Meに近い。「我々を支配するのは愛」である事の受容。答えは非常にシンプルなものなんだ。


ピート 本当はアコギで座って弾くのが好きなんだ。でもこの曲の時はストラトを肩にかける。ロジャーが俺の曲、テーマ、物語を歌ってくれている。俺は奴の邪魔にならないようにオブリガートしてサポートをする。
ジョンが亡くなってから、俺とロジャーの化学反応がこの曲のために変わった。この曲を演りながら俺たちはまだまだ高みに登れることに気がついた。「俺たちは騒がしいロックスターの一味だぜ」と。ロックの目的を個人の魂の目的に変換するような。それは俺たちの逃れ難い兄弟愛の始まりだった。ロジャーと演るグレートな曲だ。

****** 雑感 *******

仏語字幕を読んでいたら辻褄が合わなくなったので英語字幕にしてみたら、翻訳にメチャメチャな間違えが…。もしかしたら、他にもたくさん間違えあったのかもかも…と思うとギャフン。(ワテの仏語の読み間違えを含める)

人々がホムペやブログでロジャーを「くどい」「力んでる」「一本調子」「リポビタンDのCMに出てきそう」と愛を込めてdisってるが、ロジャーは承知で「強い声なので、すごく不器用に聞こえることもあるかもしれない」と冷静な自己分析をしてる。Tommyツアーでのロジャーはリーサル・ウェポンのメルギブソンと同じ髪型。。ダサかっこいいよ!

ボウイだけではなく、M・ボランもロッド・スチュワートもモッズだった、それもとびきりクールな…というコメント読んで画像検索したら…皆さん美しすぎ格好良すぎで、眩暈がした。
https://goo.gl/8SsZdQ
https://goo.gl/Mp9uWs

ピートの「当時は有休が年2週間しかなく労働者階級はツラかった。今は沢山あるけど」というのを聞き、格差社会の今の日本って、モッズ時代のイギリスに近いレベルかも。もし本当の和製モッズ(バンド名がモッズだとか、ファッションがモッズだとか、フーのコピー演る…とかじゃなく)が産まれるとしたら、今かも。
ま〜一番良いのはそうなる前に不公平が是正された世の中になる事だが。

番外編:別のDVD (Thirty Years of Maximum R&B Live) のインタビューから。
■ モッズスタイルからヒッピースタイルに変えた時について…
ロジャー「Tommyからスタイルを変えたから、巻き毛を伸ばしてジェルで固める…という事をしないで済むようになった。なにせ、当時、どんな恐ろしい伝染病よりも忌まわしもの…それはカーリーヘアのモッズだったのさ!」
ピート 「それまでは、週に一回仕立屋とアポイントを取ってモッズスーツを新調した。だけど、もうこのウザい作業は止めよう…と思い作業着にドクター・マーチンの短ブーツにしたんだ。」
(ピートのこのスタイルって'73の「時計じかけのオレンジ」のスタイリングにヒントを与えたのでは?)
■ Sister Disco
ピート 「俺はSister Discoをステージで演るのが大嫌いだったんだ。なぜなら、ロジャーの奴が必ず笑顔で『世間は俺たちが仲が悪い、って思ってるけど、実は仲の良い兄弟分だぜ。』と言いたげに馴れ馴れしく近づいてきやがるからさ。だから俺は睨みつけて『うせやがれ、○○○○野郎!』と言ってやったんだ。奴はムカついてたみたいだな。ハッハッハ!」
…これは90年代初頭、まだピートが「逃れ難い兄弟愛」を持つ前のインタビューだけど…ピートって性格に問題あるかもww 
まー天才ってそんなもんだろう。




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by j-suguita | 2016-01-28 06:23 | 音楽 | Comments(0)

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