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パゾリーニ特集 - 消費文明こそ真のファシズム Pier Paolo Pasolini



この秋、シネマテークでピエル・パオロ・パゾリーニの作品の上映と、書簡などの展覧会が催された。
パゾリーニと言えば唯一、4半世紀前に観たのが「奇跡の丘」。
エグい作家…という評判とはまったく裏腹に、崇高で気高く、それでいて使徒達、マリア、ヨゼフ、サロメたちは普通の人間として生き生きと描かれていてとても感動した。

まず展覧会の方に行ってみた。
暴力的な軍人の父を憎み、芸術を愛する感性豊かな母を憧憬して育った彼は、弟をパルチザンの内ゲバで亡くす、という悲劇を経験する。25歳で共産党に入党するも未成年者を誘惑した容疑で教職を失い、27歳で母親とローマの貧民街に移る。故郷のフリウリの方言の他カタロニア語などの希少言語に興味を持ち、方言詩集を編集するほど言語に長けていた彼は、貧困の中にも小説を執筆し作家として名声を得る。そして映画関係者とも交流を持つようになり、シナリオライターとして頭角を現しやがて監督としてメガホンを撮るようになる。話題作、問題作を世に出し、そして謎に満ちた暗殺による死…。

沢山の書簡、いたずら書きのような簡潔なストーリーボード、彼の絵画作品、いくつものモニターで流される作品の抜粋…で、ほとんど知らなかったパゾリーニという人物像が少し見えて来た。

そして上映期間に「豚小屋」「アポロンの地獄」「王女メディア」そしてデビュー作の「アッカトーネ」を観る。

「豚小屋」 Porcile (1969)
二つの物語が平行して語られる。中世(?)に飢えから人肉食を始め、やがてそれが快楽に変わっていく青年の話はほとんど台詞がなく視覚で伝えるスタイルで、無声映画のようでそれなり面白かったけど、ジャン・ピエール・レオ出演の現代ドイツの話は台詞が観念的でさっぱりわからなかった。「善の曖昧さ」…とかって言われても、困るんだけど(笑)

「アポロンの地獄」 Edipo re (1967)

古典の(オイディプス王)ダイナミックな解釈。衣装はクリエイター風、日本の雅楽を取り入れる、撮影地はモロッコ…と大胆な手法で撮った力強い佳作。登場人物達が生々しい(ゴッドファーザーにも出演したフランコ・チッティ主演)。息子と知らず姦淫する母親役のシルバーナ・マンガーノは「にがい米」のグラマラス美女からシックな貴婦人に成長。崇高さと生臭さが同居する斬新で骨太な作品。父と知らず王を殺すときの目の眩むような太陽が圧巻。ラストで自ら目をえぐり両眼から血を流すオイディプスの姿はやはり壮絶。父との確執のあった彼の伝記的作品らしい。

「王女メディア」 Medea (1969)
オペラ音痴なのでマリア・カラスさんがどんなに素晴らしい歌手かは全く知らないのだが、素晴らしい女優である事はよくわかった。この表現力で希有な喉をも持っていたら稀代の歌手になるであろう。作品そのものはパゾリーニがメロドラマ性を排除して撮っているため、メディアに自己投入出来なかった。冒頭のメディアの夫イアソンの育ての父のケンタウルスはすんごいチャーミングだった。

「アッカトーネ」 Accattone (1961)


デビュー作。
徹底的なダメダメ男が主人公。売春させて上前をはねるのだけど、骨折した娼婦に「休んでないで働いてこい!社会保障は無いんだぞ。もう一本の足もへし折られたいのか!」と脅す人間の屑。資金稼ぎの為分かれた妻が引き取った息子の首から金のネックレスを盗むとか、考えられんセコさ。稼ぎ手の娼婦がヤクザを密告し、夜の空き地でボコボコにされ(ここがすごくリアル!)彼女が別の若者達を犯人と偽証したため刑務所行きに。…で困った彼は田舎出の純真な少女を見つけ売春させようとするが、彼女に恋をしてしまい、真面目に働く事を決心する。
…普通ならここでハッピーエンドなんだけど、パゾリーニなのでもちろん違う。キツい労働は一日しか続かずまたヤクザな世界に戻って行く。そして…。
生々しいローマの貧民街、遅れて来たネオリアリスモという人もいるようだけど、むしろヌーベルバーグのような清新さ。(そういや「豚小屋」にはヌーベルバーグの常連、ジャン・ピエール・レオ、アンヌ・ビゼアムスキーが出演)難解さはないけど主人公の幻想的な夢のシーンにその後の片鱗があらわれている。

その後TVで「テオレマ」 Teorema (1968)を観る。これもムズい!しかし若き日のテレンス・スタンプが超悪っぽいイケメンでそれだけで幸であった ww
全体的にテンション高いパゾリーニの作品だが「豚小屋」「テオレマ」は奇妙な脱力味があった。(その後の『カンタベリー物語』などの生の三部作も脱力系ぽいけど、未見なので今後観る予定)
彼は数年単位でスタイルを変えるタイプの作家だったようだ。(オーソドックス -> 古典新解釈 -> 形而上脱力系 -> エロス系)

理解範囲を上回る作品が多かったのでググりまくったが、作品のパターンとして
→ 社会と戦い破れて行く(奇跡の丘、アッカトーネ)
→ 消費社会以前の古代儀式への讃歌(奇跡の丘、アポロンの地獄、王女メディア、テオレマ、豚小屋)
→ 欲望に溺れ自滅する(豚小屋、テオレマ)
というのがあるらしい。

パゾリーニは「消費社会」を憎悪していたそうで「消費文明こそ真のファシズムだ」と言明していたらしい。
ちょっと以前だったら「過激」「考え過ぎ」「悲観的」と思っただろうけど311以降に気づいてしまったこの世界のしくみを思うと、あながち間違ってないかも…
上記「社会と戦い破れて行く人」に彼があてはまってしまったのが皮肉だ。でも、キリストが復活したように、彼が糾弾した消費社会が見直される日が来る事を祈ってやまない。

追記
・パゾリーニの恋人でお気に入りの俳優だったニネット・ダヴォリ(いつも使徒の役を演じる)今では白髪のおじいちゃんだけど、youtubeで見つけたインタビューがあまりにもチャーミングでイタリア語わからんのに17分全部観てしまった。

・前述のように「豚小屋」は妙な脱力感のある作品。当時のポスターを見たら「俺は父親を殺し、人肉を貪り、喜びに震えた」の台詞とオドロオドロしく処理されたスチール写真なんだけど、あまり作品の雰囲気伝えてないと思った。

・衝撃の遺作「サロまたはソドムの市」 Salò o le 120 giornate di Sodoma (1975):作品としては(俳優の演技、美術、3部構成)は良く出来てるけど、覚悟して観たものの、やっぱりショックだった。これも搾取するファシストと搾取される民衆の隠喩…らしい…。

・「奇跡の丘」 Il Vangelo secondo Matteo (1964)ともかく人間の顔が素晴らしい。

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by j-suguita | 2013-12-12 04:56 | 映画